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法律相談

2016年10月3日

Q.シンガポールで新たに設置される紛争解決機関「ECT」とは何ですか?

賃金紛争を専門的に解決する新たな機関「ECT」について

A:ECTとは、シンガポールの裁判所内に新たに設置される、労使間の賃金紛争を専門に扱う「雇用請求法廷」(Employment Claims Tribunals)の略称で、2017年4月よりその運用が開始される予定です。

従来シンガポールでは、労使間で賃金の支払いに関する争いが生じた場合、裁判所における通常の民事訴訟の他にも、比較的迅速かつ安価な紛争解決の手段として、人材開発省(MOM)における裁定制度が用意されていました。しかし、月収が4,500Sドルを超える管理職・上級職の人や、法定機関・政府で働く人など、シンガポールの雇用法が適用されない人は、この裁定制度を用いることができず、比較的時間とコストのかかる通常の民事訴訟を提起するしか法的な紛争解決手段がありませんでした。こうした状況を解消するため、労使間において低額な費用で迅速な紛争解決を図る新たな裁判機関として、ECTを設置する旨の法案が2016年8月16日の国会で可決されました。

 

Q:ECTは、どのような紛争に適用されるのでしょうか?

A:主に賃金の支払いに関する紛争が対象となります。具体的には、ボーナスの支払いや残業代、退職金、解雇予告期間中の賃金、出産給付金の支払いなど、雇用契約に付随する18種類の請求が可能とされており、賃金以外の解雇の有効性などを争うことはできません。なお、将来的にはECTの適用範囲が賃金紛争以外の解雇紛争などにも拡大される可能性もあり得るとのことです。

 

ECTへの申立金額は、原則として2万Sドルが上限で、労働組合が関与する紛争では、3万Sドルが上限となります。また、申立期間は、雇用契約が継続している場合には権利発生から1年以内、雇用契約が終了した場合には雇用契約終了から6ヵ月以内でなければなりません。
このECTは、あらゆる賃金水準の従業員が利用することができ、また雇用法による保護の対象とならない公務員や家事労働者、船員もこれに含まれます。

 

Q:ECTの特徴について教えて下さい

A:ECTは、シンガポールの地方裁判所のもとに設置され、シンガポールの裁判官がシンガポールの法令、判例等のルールに従って判断をすることが予定されています。また、証拠や関連書類を提出させるために第三者を召喚することも可能となる見込みです。

 

ECTへの申し立てに先立ち、人材開発省(MOM)、全国経営者連盟(SNEF)、全国労働組合会議(NTUC)の政労使3者で構成するパネルが2017年4月に新たに設置するTripartite Alliance for Dispute Managementという機関において調停を受けなくてはなりません。
調停において労使間で合意ができた場合には、両当事者が合意書に署名をします。その内容は裁判所において登録されて、裁判所の判決と同様の拘束力を持ち、強制執行が可能となります。調停において合意に至らなかった場合には、ECTの手続に移行します。そして、ECTで敗訴した当事者は、高等法院(High Court)に対して上訴をすることが可能となります。
なお申立費用は、低く抑える方向性で金額を現在検討中のようです。また、ECTにおいては請求金額が少額であるため、代理人弁護士を選任することができず、本人が出頭する必要があります。
ECTの詳細なルールは未だ検討の段階であり、2017年4月までには発表される見込みです。

 

取材協力=ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所 野原 俊介

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注:本記事は一般的情報の提供のみを目的として作成されており、個別のケースについて正式な助言をするものではありません。本記事内の情報のみに依存された場合は責任を負いかねます。


この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.311(2016年10月3日発行)」に掲載されたものです。

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