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にっぽん時事深々

2016年1月19日

TPP、本格始動へ ― 暮らしはどう変わる?

2015年10月に米アトランタで開かれた閣僚会合を終え、日米など12ヵ国が参加する環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が本格始動に向けて動き出した。投資や通関手続き、知的財産保護など31分野でルールを各国が共有することで合意。食の安全性や将来的な農業衰退への懸念が広がる中、日本政府は「聖域」を守ったと強調。TPPは私たちの生活へどう影響があるのか。国際競争力を保つために日本はどう進むべきなのか―。

 

meeting-1(small)TPP(Trans-Pacific Partnership、環太平洋パートナーシップ協定)とは何か。
2006年に発効したシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4ヵ国からなる環太平洋戦略的経済連携協定(P4協定)が前身。比較的経済規模の小さい国々がモノやサービスにかかる関税を互いに撤廃したり、貿易のルールを統一したりすることによって連携し、国際的な競争力を高めていくことを意図して作られた。2008年にアメリカが参加を表明。同年にオーストラリア、2010年には、ベトナム、ペルー、さらに、マレーシアも参加の意思を表明、2012年には、カナダとメキシコも加盟交渉国に加わった。2013年の日本の正式参加表明をもって、現在の12ヵ国に至る。

自国の利益をどう守りつつ、どう経済を拡大できるか、各国・多国間で交渉を続けるも締結に難航していたTPP。特に医薬品の開発データの保護期間や乳製品の関税の取り扱い分野などの交渉で、各国ともに折り合いがつかず、本格的な合意が何度なく先送りされてきた。事態が大きく動いたのが2014年。全品目関税撤廃を求めていたアメリカが一定水準の関税を維持することを容認したことによる。ようやく、2015年10月に参加12ヵ国が協定内容を大筋で合意するに至った。具体的な発効スケジュールは、各国政府による協定への署名、かつ、各々の議会での批准が必要で、実際の始動は2016年2月以降となる公算。実現すれば世界最大規模の自由貿易圏となる見込みだ(TPP参加国の世界に占める割合はGDPが約36%、貿易が約26%、人口は約11% : World economic outlook database, IMF調べ)。

 

日本は2013年に正式に交渉に参加するも、農産品重要5項目(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖)保護の観点から参加への反対は根強く、この「聖域」をどう守っていくのかが議論の焦点だった。今回の合意により、農産品重要5項目の586品目のうち174品目の関税の撤廃が決定。また、日本の農林水産物(2,328品目)全体では、約81%の関税がなくなる。個別で挙げれば、マンゴー、パイナップルなど需要が高まっている果物の大半に加えて、オーストラリア産のブロッコリーやニュージーランド産のカボチャを見かける機会が増えたが、これらの野菜も段階的に関税が撤廃されていく。トマト、ジャガイモ、にんじんについても然り。まさに、貿易自由化が始まろうとしている。

 

価格下落で増える選択肢
「フォーとかチキンライスとか海外で食べた食事を自宅で作れるようになるのはうれしい」というのは、M美さん(40)。東南アジアを旅行した時に食べた地元料理の味が忘れられない。これまで手に入りにくかった食材や海外ブランドの調味料などが輸入によって増えることで食のバラエティも広がるだろうと“フード開国”に大いに期待を寄せる。

 

ワイン好きにも朗報だ。オーストラリア、ニュージーランド、チリ、米国など、世界有数のワイン生産国がTPPに参加。輸入チーズも同様。今まで高価だったが、身近に楽しめるようになる。乳製品は、バターやホイップクリームなど慢性的な供給不足や高値に業者も消費者も悩まされていた。原材料が高騰し値上げせざるを得なかったパンやスイーツが、手頃な価格帯になるという期待も大きい。

 

食の安全は? 
20130802_115331海外在住で日本食材が高価で手に入りにくいため、一時帰国にまとめ買いをしてくる駐在員主婦たちには、現地での食材や調味料の値下がりに大いに期待がかかる。「現地のスーパーで日本からの食材は、日本の2倍ほどの値段がするものばかり。節約のため地元のマーケット(市場)で似たものを調達していた」とシンガポール在住のS子さん(46)。「ただ、野菜など生産地の記載がないものが多く、どこで作られたものかわからないのが不安」とこぼす。

 

TPP実施後、日本での食品のバラエティも増えるはずだが、安全に対する懸念が消えない。作物を育てる土壌の汚染や残留農薬、日本では使用が許されていない食品添加物などの安全規制が緩み、食の安全が脅かされるとの見方もあるからだ。世界貿易機関(WTO)の現行ルールを維持することになっているが、日本独自の高い安全基準を世界のそれと平準化してしまうことは、安易な選択のような感じも受ける。

 

保護される「聖域」から、「攻めの農業へ」
貿易の自由化が反対された農産物重要5項目に該当する農産物も、輸入が増えれば、その品目の価格が下がる可能性もある。これまで通り、コメなどの「聖域」製品には関税を維持して国が義務的に購入する「ミニマムアクセス制度」(注)を引き続き行い、価格下落を抑える計画だ。備蓄用として毎年買い入れている海外米の購入を増やしているのも、不作時などのコメの価格の上昇を抑えることが目的でもある。これは輸入牛肉に関しても同様で、国内の生産者への影響を最小限に抑えるための「セーフガード」制度(一定の輸入量を超えれば関税を引き上げる)を導入し、生産者の保護を図る目論見だ。

 

ただ、日本産の果物や野菜の価格下落は避けられないだろう。高級種も多いブドウ、メロン、イチゴに関してはTPP発効後、すぐに関税が撤廃される。ただ、リンゴやモモ、みかんなど世界的に見てもクオリティが高い日本産の果物は、逆に世界へ知らせるチャンスともいえる。政府は生産農家の不安を払拭すべく、農業を成長強化分野として位置づけ、「攻め」の姿勢を強めていくことをアピール。中小企業の海外進出を支援し、農産品や食品の輸出額を2014年の6,000億円から2020年までに1兆円にする目標を掲げた。

(注)ミニマムアクセス制度:1993年ウルグアイラウンド農業合意において定められた1年間に無関税で輸入しなければならない農産物の最低限度量のこと。これまで輸入数量制限をしていた農産物の制限を止めて関税化し、消費量の5%に相当する輸入枠が設定されている。日本のコメに関しては、関税化が遅れたことで7.2%の輸入枠となっている。

 

透明化したルールの下でのビジネス拡大なるか
今回のTPP合意で恩恵を受けるのは製造業界だ。日系自動車メーカー各社は世界の販売市場に近い場所で生産しているが、自動車部品の段階的な関税撤廃により、将来的には国内外での現地生産のコスト削減につながる。同様に海外拠点で生産がメインとなっている電気製品に関しては、部品の輸入関税が既にない。そのうえ、TPP加盟国内での生産となれば、国をまたがった生産工程だとしても、優遇関税や自由トレードの恩恵を受ける。これにより、コスト高に悩まされていた中小企業はより安い生産体制を求めて海外展開することも可能になる。

 

目に見えない商品である保険や金融商品などもTPPによって取引が拡大する。金融分野では、外国資本の出資制限の緩和、マレーシアにおいては、ATMの設置制限を原則撤廃にまで追い込む内容まで踏み込んだ。また、コンビニエンスストアなどの小売業が、TPP加盟国内で自由に進出可能になる。

 

著作権などに関する知的財産の保護もTPPで採用された。音楽や文学などの著作権は、これまでの作家の死後50年から70年に延長して保護されることになり、偽ブランド製品やDVD、CDの海賊版の取り締まり強化が始まる。TPP加盟国内で取引されたアニメや漫画、ブランド製品、さらにはアートやキャラクターなどの模倣品は、当事国で即座に差し止めができるようになり、この海賊版対策にかかるコストの削減も見込まれる。経済成長戦略の一つとして掲げられている日本ならではのコンテンツ、ファッション、サービスなどを世界へ発信する「クール・ジャパン」政策には追い風だろう。

 

医薬品については、TPP交渉で最も時間を費やしたといわれる。バイオ医療開発データ保護期間に関して、世界有数の製薬会社を抱え、業界からの強いプレッシャーを受けて保護期間を12年と主張した米国と、薬の購入に国から補助制度があるため、できるだけ期間を短くして財政負担を抑えたいオーストラリアや新興国との間で交渉が難航したが、双方の主張を取り入れた形の最長8年で交渉はまとまった。

 

国際競争力を高める 
特定産業分野の保護もさることながら、国際競争力も上げていかなければいけない状況の中で、やはり、TPPが国の成長戦略の切り札であることも否めない。実際に、TPP参画で、日本のGDPは1.5~2%上昇するという試算もある(民間データ会社調べ)。また政府は、世界各国とFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の締結を積極的に進め、2018年までに日本の貿易額の割合(カバー率)を現行の22.3%から70%まで引き上げたいという目論見だ。これに加え、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)やEUとの経済連携協定が合意に至れば、政府の目標は達成されることになる。

 

しかし、今後、日本が真の競争力を見出すには、各産業分野が世界で正々堂々と戦う力を今以上につけなければいけないだろう。安全性、確かな品質、そして何よりも、消費者から信頼させるモノづくり―。日本には既にこの土台がある。これを踏み台とした世界展開に向けて、しっかりと国として足元を固めていけるのか。企業や個人レベルで海外進出に向けた広い視野を持ち意識改革することも必要だが、今後の政策のかじ取りに大いに期待がかかる。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.295(2016年1月18日発行)」に掲載されたものです。
記事:野本 寿子

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