シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP新しくシンガポールに赴任してきました。日本の本社では課長職だった...

法律相談

2014年12月15日

Q.新しくシンガポールに赴任してきました。日本の本社では課長職だったのですが、シンガポールの子会社では取締役に就任する予定です。シンガポールにおいて取締役にどのような義務や責任があるか教えて下さい。

シンガポールにおける取締役の義務と責任

日本と同様に、会社の取締役は、会社法上特別な義務や責任を負っています。日本の制度とも実質的には重なる部分が多いのですが、シンガポールで取締役が会社法上負う義務は、オーソドックスには次の4種類に分類することができます。すなわち、①会社の利益のために誠実に行動すべき義務、②注意深く、かつ、能力を発揮すべく行動する義務、③利益相反を避ける義務および④与えられた権限を適切な目的のために行使すべき義務の4つです。

 

Q:

どれも抽象的ですね、具体的に何に注意したらいいのでしょうか?

 

A:

それでは、今回は①と②について具体的に説明しましょう。まず①の「会社の利益のために誠実に行動すべき義務」(会社法157(1))ですが、「会社の利益のため」に行動する必要があるということは、逆にいえば、「会社以外の利益のため」に行動してしまった場合には、義務違反が生じ得るということです。

 

Q:

というと、自分の利益のために行動するような場合でしょうか。

 

A:

その場合に取締役の義務に違反することは明確です。より微妙な問題があるのは、取締役が特定の株主の利益や、グループ会社の利益のために行動し、所属する会社の利益に反した場合ですが、これらの場合にもやはり取締役の義務違反があるものとされます。例えば、本社やグループ会社の意向に従って、自らが取締役を務める現地法人の利益をないがしろにする決定をしたような場合には、この義務に違反する可能性が生じるものといえます。ただし、持分を100%保有する親子会社の関係では、親子間の利益は一致するものといえますので、あまり心配はいらないでしょう。出資者が複数いる合弁会社に、出資元から取締役として派遣されてきているような場合には特に注意が必要です。

 

Q:

会社に損害を与えた場合には常に義務違反となるのでしょうか。

 

A:

いいえ。取締役が会社の利益に資すると誠実に判断した上での行動であれば、結果的にそれが会社に損害を与えたとしても、法的な責任を問われるものではありません。①の義務の中に「誠実に」という文言が含まれているのは、取締役が誠実に行動すれば責任を問わない、つまり、取締役に対して結果責任を問うものではない、ということを意味します。もちろん、これは法的に責任を問われない、というだけであって、社内での評価に響くかどうかといった広い意味での「責任」問題とはまた別の話です。

 

Q:

それでは、②の「注意深く、かつ、能力に基づき行動する義務」とはどういうことでしょうか。能力といっても得意不得意があります。

 

A:

ここでいう能力とは、当該取締役のバックグラウンドや能力に応じて合理的に期待される能力のことであり、ある程度個別具体的に判断されるものです。例えば、これまでずっと財務・経理畑で経験を積んできた人が取締役に就任した場合に、財務・経理についてはある程度のレベルの能力が期待されるとしても、法務の分野に関する能力を求めるのは酷であり、逆もまた同じことがいえます。その取締役のバックグラウンドや能力に応じて、分野ごとに求められる能力のレベルは異なってきますし、そのレベルを超えた判断が仮に会社に損害をもたらしたとしても、それだけで責任を問われるということにはなりません。一方で、会社に重大な問題が生じた場合に、「自分は単なる名目的な取締役であり、取締役としての意思決定に実際には関わっていない」といった言い訳は通用しない傾向があるようです。取締役である以上は、自らの経験や能力の範囲内で、専門家等の意見も参考にしながら(会社法157(c))、会社の意思決定に対する責任を果たすよう努める必要があります。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.271(2014年12月15日発行)」に掲載されたものです。

本記事は、一般情報を提供するための資料にすぎず具体的な法的助言を与えるものではありません。個別事例での結論については弁護士の助言を得ることを前提としており、本情報のみに依拠しても一切の責任を負いません。

おすすめ・関連記事

シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP新しくシンガポールに赴任してきました。日本の本社では課長職だった...