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法律相談

2010年9月20日

Q.日系企業の総務担当のA氏は、グループ企業のシンガポール現地法人に赴任してきたばかり。以下は、A氏と顧問先の法律事務所のシンガポール弁護士が長時間の会議を終えて、一息ついているときに交わされたA氏と弁護士との会話の一コマです。

シンガポールの雇用契約(競業避止義務など)

A氏

ところで、この間、当社のシンガポール現法の標準雇用契約書を見たのですが、日本のものと比べて、シンガポールのものはかなり細かく規定されていました。本当にここまで細かく規定する必要はあるんですか?

 

弁護士

そうですね。日本では、法律上作成が義務付けられている就業規則の方で労働条件等の詳細を規定することが多いですね。また、日本の労働基準法は全労働者に適用されますから、雇用条件に関して仮に規定がなくとも法律でその内容をある程度判断できる場合も多いです。一方、シンガポールでは就業規則(Company handbook)の作成を会社に義務づけていませんし、Employment Act(EA)は全労働者に適用されるわけではないので、EAが適用されない労働者の場合、雇用契約書が雇用条件の拠り所として非常に重要となります。また、EAは、会社にとって比較的有利な形で雇用契約を締結することを認めています。ですから、シンガポールでは、日本以上に雇用契約で雇用条件等を詳細に規定することが大切ですね。また、一番トラブルとなりやすい解雇や退職時の取り扱いなども契約書であらかじめ規定しておけば、両者合意の上で雇用を開始したわけですから、トラブルもある程度未然に防げますね。

 

A氏

そういえば、他社で辞めたキーマンの従業員が競業他社に移籍して頭を抱えているっていう話を聞いたなぁ。当社でも辞められては困る従業員が何人かいるので同じ問題が起きないか心配だ。具体的にはどうすればよいのですか。

 

弁護士

まずは、キャリアパス、待遇面、人間関係面等で、その方が貴社に残ることに意義を見出せるような職場環境を維持することが非常に大事ですね。ただ、シンガポールではジョブ・ホッピングが一般的ですし、万が一退職されてしまった場合に会社が受けるダメージを最小限に防ぐため、雇用契約書に、退職後一定期間一定の地域での競業行為を行わないといった「競業避止義務」や、退職後も会社の機密情報を外部等に漏らさないといった「守秘義務」を盛り込むことをお勧めします。そして、退職時には、これら規定の存在を喚起しこれらの義務に違反しないように伝えることになります。

 

A氏

そういえば、うちの契約書にもそんな規定があったような。

 

弁護士

ただし、どんな内容でも裁判上有効とされるわけでなく合理的な範囲内である必要があります。合理的か否かは、個別のケースごとで判断せざるを得ませんが、たとえば、競業避止条項の場合、

 

ⅰ.    会社が、企業秘密や顧客情報の性質上、保護されるべき正当な企業利益を有すること

ⅱ.   場所的・地理的な制限の範囲が当事者間の保護される利益に鑑みて合理的な範囲を超えていないこと

ⅲ.  当該制限がいかなる公の秩序にも違反していない必要

があります。

 

A氏

何でも書けばいいというわけではないのですね。ところで、後から退職時にこれらの義務に関する誓約書にサインさせるということではだめなのですか。

 

弁護士

会社と従業員が退職時に合意することも可能です。ただし、従業員がそのような誓約書にサインする法律上の義務はありません。また、このような契約は、英米法のコモンローという契約上の原則である「約因(consideration)」によって裏付けられている必要があり、そのため会社は、そのような義務を負うことの見返りとして当該従業員に一定の対価を提供する必要があるなどの問題が生じます。ですので、入社時にこれら義務も含めた雇用契約をきちんと締結することが会社にとっては一番望ましいですね。

取材協力=Kelvin Chia Partnership 濱田 和成

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.175(2010年09月20日発行)」に掲載されたものです。

本記事は、一般情報を提供するための資料にすぎず具体的な法的助言を与えるものではありません。個別事例での結論については弁護士の助言を得ることを前提としており、本情報のみに依拠しても一切の責任を負いません。

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