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業界動向

2004年12月20日

32カ国を結ぶ—アジアハイウェイ整備計画

タイのバンコクからカンボジアのプノンペンをぬけてベトナムのホーチミン市まで、クルマを乗り継いで898kmの陸路を走ってみた。東京とイスタンブールを結ぶアジアハイウェイ1号線2万kmの一部だ。カンボジアの道路整備状況が遅れており、特にタイ国境から約50kmは未舗装でぬかるみの悪路。またプノンペンからベトナム国境へ向かう途中のメコン河にはまだ橋がなく、川幅約1kmを古いフェリーで渡った。

32カ国、総延長14万キロ

今年4月、上海で開催された国連ESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)会議で、アジアハイウェイ整備計画に関する政府間協定が調印された。アジアハイウェイの1号線は福岡からフェリーで釜山に渡り、北京、バンコク、テヘランを経てイスタンブールに至る。2号線はインドネシアのデンパサールを起点にジャカルタからシンガポールに渡り、マレー半島を北上する。総延長14万km、アジアの32カ国を結ぶ道路ネットワークを整備しようという壮大なプロジェクトだ。

 

距離的にもさることながら、この計画が正式な政府間協定に至る歴史にもまた遥かなる道のりがあった。当初は1959年ESCAPの前身であるECAFE(国連極東経済委員会)が提唱したものだが、ベトナム戦争やアフガン紛争などに巻き込まれ、具体的な計画はなかなか進まなかった。しかし「アジアハイウェイ」という言葉の響きは、人々の心の中に夢としてはぐくまれていった。80年代後半の紛争の沈静化と冷戦終結を受け、90年代に入って路線計画は進み、中央アジア、北方アジアへと計画網は拡大したのである。

 

 

日本企業も建設に携わる

日本政府はESCAPへの最大の資金援助拠出国で、専門家の派遣などの技術協力を行ってきた。しかし、路線の編入を視野に手をあげたのはこれが初めてである。単なる支援から、当事者国のひとつとしてアジアハイウェイ計画に参加することが決まったということになる。背景には、中国を中心とする新たな地域経済圏形成の潮流に乗り遅れるという危機感もある。 日本のこれまでのアジアハイウェイの工事実績は少なくない。1965〜68年に前田建設がタイ北部のランパン―チェンマイ間30kmの道路を建設したのを初めとして、1986〜90年には大林組がバングラデシュで約1kmのメグナ橋(ODA無償資金協力)を建設、さらに2000〜04年には間組がベトナムで長さ6kmのハイバントンネル(ODA円借款事業)の建設を担当した。

 

現在、アフガニスタンでも、戦後復興の一環として、2003年からカブール―カンダハル間の幹線道路整備が行なわれており、大成建設、飛島建設、大日本土木の3社が携わっている。これもアジアハイウェイの1号線上の工事だ。 国連のESCAPがアジアハイウェイに果たす役割は、あくまで事務局としての調整役である。道路整備のための資金調達はそれぞれの国家予算あるいは国際社会の援助に頼ることになる。現時点で27カ国が署名している協定書では、「目標達成のため、可能な限りあらゆる努力を払う」という表現になっている。前述のカンボジアのメコン架橋については日本のJICA(国際協力機構)による「第二メコン架橋建設計画」の開発調査が始まったところで、この後に円借款供与が検討されている。ここでもまた、日本の優れた建設技術が活かされることが期待される。

 

 

イスタンブールまで2万キロ

アジアハイウェイの設計基準は、実はそれほど高くない。最低限の基準は、車道の幅員6m、2車線、2層の簡易舗装以上ということになっている。ESCAPのデータベースで唯一「状態不明」とされている北朝鮮など課題はあるが、未開通あるいはこの条件を満たさない区間は17%で、決して夢の計画ではなく、関係各国が協調していけば十分に現実的な計画といえる。目標は協定批准5年後の2010年頃とされる。まもなく東名高速の入口で、「アジアハイウェイ1号線、イスタンブールまで2万キロ」といった標識が、日本人のドライバーの目にも入るようになるだろう。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.025(2004年12月20日発行)」に掲載されたものです。

取材協力=日本貿易振興機構(JETRO)シンガポール 建設部 山内洋隆

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