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座談会

2007年9月17日

シンガポールと日本~転換期の観光産業の視点から

JTBシンガポール支店設立20周年にあたり、それぞれシンガポール在住経験があるシンガポール政府観光局東京オフィス所長柴田氏、株式会社ジェイティービー広報室長辻野氏、同社シンガポール支店長宇野氏の3名の対談が実現した。「JTBシンガポール支店の20年と日本人のシンガポール旅行の20年は、ほぼ合致するといっても良い」と断言する柴田氏の言葉を皮切りに、対談が始まった。 場所提供:ザ・リッツ・カールトン・ミレニア・シンガポール

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JTBとシンガポール観光の歩み

柴田

JTB社が1987年にシンガポール支店をオープンされてシンガポールというデスティネーションの販促を開始された。その結果、1991年には日本人渡航者が100万人を突破しました。70年代は30万人程度だった訳ですから、まさに貴社がその牽引役となっていたわけです。その後96年、120万人弱のピークを迎え、2006年は60万人となっています。日本人の渡航者イコールJTBでの取り扱い人数に比例しているといってもいい。

 

編集部

JTB社では当初、どのようにシンガポールへの旅を日本国内でアピールしたのでしょうか。

 

辻野

「グリーン&クリーン」を政府が積極的に打ち出していた成果もあり、綺麗な街であるということと、日本人が重きをおく安全性。又、フリーポートとしてのシンガポールは、香港と並んで、買い物天国とされていました。日本にはまだ有名ブランドのブティックも少なかったこともありましたから。これらの要素、そして食べ物の魅力でしょう。

 

編集部

JTB社とシンガポール政府観光局とは、日本人観光客誘致のために、協働された場面も多かったと思います。過去にどのようなプロジェクトをされてきたのでしょうか。

 

柴田

コラボレーションは毎年のように展開してきました。シンガポール現地において、JTB社と組んで日本人にアピールできるイベントを企画したり、新しい見所を含んだルートを組んだり、また日本国内では、シンガポールへのツアーをいかに売るか、という販促のプロモーションをしてきました。最近のシンガポール国内では、昨年8月、「セントーササマーカーニバル」を主催して頂いた。海辺の運動会のような感じで、ルックJTBのツアーに参加したお客様が参加できるイベントを企画して下さり、大変好評でした。

 

宇野

家族が一日セントーサで過ごすというコンセプトをアピールしたんです。ビーチに用意した特設テントで、インストラクターが子供向けのプログラムやゲームをしたり、風船を用意したり、スパを併設したりと、JTBのツアー参加者が家族皆で楽しめるよう工夫しました。

 

柴田

既存のシンガポールをどのようにツアーに組み込むか、だけではなく、そこに付加価値をつけるような新しい楽しみ方を独自のサービスで提供くださった。もしそこにないなら、創り出してしまおう、というクリエイティブな姿勢には感動し、観光局としてもできるだけお手伝いさせて頂きました。

 

シンガポールの魅力の変化

編集部

2003年前後のSARSや鳥インフルエンザの流行、東南アジアでのテロ事件などで、観光客数が激減した時期がありました。その後、日本人観光客のシンガポールにおける楽しみ方に何か変化はありましたか?

 

宇野

シンガポールでの買い物に関しては、円高や日本でもいろいろな物が手に入るようになったことで薄まっている感じはあります。最近では、いろいろ動き回るよりも、ワンランク上のホテルスティなどを楽しまれる滞在型お客様が増えています。東京にもリッツカールトンやマンダリンオリエンタルホテルなど外資系のホテルが登場し、名前も知られるようになりましたが、シンガポールならそのような一流ホテルにも比較的お値打ちで泊まれる。ホテルの楽しみをご存知のお客様は、クラブフロアなどに泊まられて、クラブラウンジなどの専用サロンを存分に利用されています。また、シンガポールの場合、スパにおいてもインド式のアーユルベーダからバリ式マッサージ、ホテルスパまで本格的に楽しめる。食事に関しても、最初から食事無しのツアーを選ばれて、私どものミールクーポンを利用して行きたいレストランで食事をするというのも増えています。しかも有名ホテルの中のレストランなど高級店のクーポンがよく売れている。泊まるホテルのランクは押さえて、お食事に予算を使う方も増えましたね。

 

※メニューを選ぶ手間を省くために、予めJTBがレストラン別にコーディネートしたコース料理が楽しめる別売りの食事券

 

編集部

観光客の方々も旅慣れたことで、旅のスタイルも自在になっているようです。

 

宇野

日本からシンガポールへのリピーター客が少ない、といわれてきましたが、ホテルステイやお食事等を目的に楽しまれる方には、もっとリピーターとして来星する要素が存分にありますね。

 

編集部

観光局からみたアピールポイントも、今後そちらの方向にシフトしていくのでしょうか。

 

柴田

これまでは、日本人の渡航者数を伸ばすという、量に注目しがちでしたが、今後は旅行そのものの質と、旅行者の質を追求することになると思います。お決まりのコースを廻って、食事をして、土産物を物色して満足するお客様よりも、ワンランク上のシンガポールを本当に評価できる、そして楽しめるお客様に、シンガポールの魅力をもっとお知らせして行きたいと思っています。

 

観光産業のこれからとシンガポール

編集部

日本から見たシンガポールに対するイメージは、以前と変わってきているのでしょうか。

 

辻野

むしろ、変わってこないのが問題ですね。日本のマーケット論について少しお話ししますと、2006年の対前年出国者数は100.8%、微増です。その中で女性の出国者数は前年を割っており、反対に男性は増えています。これは案外ショッキングです。理由は、中国、韓国等へのビジネスの需要が増えているからで、総数としてはそれに支えられており、観光目的の渡航者は弱含んでいます。なおかつ、20~35歳までの層は、ここ10年ぐらいの間対前年2~3%減です。そこを60歳以上の団塊世代の人達の出国数が7~8%伸びている事によってカバーされている状況です。数字だけを見ると、今後の少子化傾向も見越すと、マーケットは縮小する傾向です。8月22日付けの日経MJ(流通新聞)に、20歳代の生活実体調査についての記事がありました。結論として、この世代は、「車不要」、「酒飲まない」、更に家に籠って「出掛けない」志向だというのです。車、アルコール業界共に、大変ショックを受けました。その世代をなんとか元気にしないと、そのままの状態で年を重ねてしまう。以前は20代だけだったのが、いまや34、5才までがそうなって来ている。ライフスタイルはなかなか変えられないとすれば、それがそのまま40、50代になっていく。団塊の世代が消費に大きく貢献するのはあと10年くらいと言われる中、消費欲は減りつつあるのです。

 

それを受けて、我々は「ガクタビ」という卒業旅行の企画商品を昨年度につくりました。幸いそれがとても好評でした。彼らの世代に海外旅行の素晴らしさを知らせる工夫をしないとこのままじり貧になっていかざるをえない。そういうマーケットとシンガポールとをどう絡めるかは、今後とても重要です。

 

また、最近では、地方からの渡航者が減少しています。地方都市発のフライトが減便になったことで、成田まで行って海外旅行する煩わしさが理由です。そこを増やすにはチャーター便の増便が考えられます。ポイントは、そのチャーター便をどう増やして行くか、素早く手を打って行く事でシンガポールがマーケットとして元気になると思います。

 

宇野

シンガポール航空では、A380の導入の遅れ、シンガポールの順調な景気を受けてのビジネス需要の増加のためにチャーター便に機材を回せない現状があるようです。以前はピーク期に名古屋や札幌からのチャーター便があったんですが。

 

そんな中で、現在修学旅行の需要が勢い良く伸びています。シンガポール政府観光局はどこよりも積極的にプロモーションされていますよね。海外への修学旅行が県の教育委員会によって、年々解禁されてきている中、シンガポールは、安全で衛生面にも問題ないという、ご父兄にとって一番気にされることがクリアされ、英語圏であるというのも都合がいい。また、単一民族の国ではなく、多民族の国で、中国系を中心に、インドやマレー系の人々が、宗教や文化が違っても仲良く暮らしているという状況が、今日の紛争などが尽きない国際社会にあって、若い世代にみてもらいたい場所だと私は思います。一番最初に経験する海外がシンガポールであるというのは、将来またリピーターとして戻って来るきっかけをつくる要素が含まれている。長い目で言えば、将来のシンガポールに向けてのファン作りに貢献すると見ています。

 

編集部

海外旅行をまずは体験してもらうために、シンガポールは大事なポジションになってくるわけですね。

 

辻野

海外旅行の素晴らしさは一度経験すれば分かる。若干の不満があっても、大部分の人は感動して帰ってきます。その前段階として海外旅行に行かないのが問題なのであって、そのチャンスをつくる修学旅行というのはとても重要です。

 

ただ難しいのは、ライバルも増えています。カジノホテルの「ウィン・マカオ」につづいて8月28日に「ベネチアン」がマカオにオープンしました。マカオへ行く日本人渡航者数は、年間で30%程増えています。マカオに引き上げられる形で香港も伸びています。香港は、家族旅行としてのイメージが低かったせいか、7、8月は香港よりもシンガポールの方が人気でした。でもディズニーランドやマカオにもアトラクションができてしまったことで安閑としていられなくなりましたね。またベトナムへのチャーター便ができたり、最近では、沖縄と海外旅行が選択肢としてバッティングする。やはり、常に話題をつくっていかないと厳しい状況ですね。

 

編集部

今後の話題作り、という意味では、シンガポールには2年後の総合リゾートの完成など大きなものが予定されています。今後どんな仕掛けをされて行くご予定ですか?

 

柴田

2009、2010年にマリーナとセントーサにできる総合リゾートは、対日本マーケットとしては起死回生の機会、また起爆剤としてみています。2008年度から本格的にプロモーションを始める予定です。来年度に向けては、世界一大きい観覧車「シンガポールフライヤー」やF1レースなどを通して話題作りをしていきます。1996年と比べると、日本からの渡航者数は約半分ですが、シンガポール全体を見ますと、実は好調で、海外からの渡航者は約970万人来星しており、2年連続で伸びています。おそらく今年は1000万人を突破するという見通しです。日本だけが下がっている。その理由としては、日本からの海外旅行の渡航先のバラエティーが増えた、もう一つは、シンガポールの牽引セグメントであった若い女性層と家族連れの数が落ちて来ているのが原因です。

 

それには、テクニカルな問題も含まれます。観光というのは双方向の交流ですから、シンガポールから日本への渡航者数が増えている現状は、喜ばしい反面、飛行機の座席不足を招いています。今後、飛行機が大型になり、両国間の輸送力アップが待たれるところです。シンガポール航空のA380機が来年の夏頃には日本へ飛ぶと言われています。この機種が日本に乗り入れるのは最初となるので、旅行業界の中だけでなく日本にとって社会的にも大きなニュースになるでしょう。

 

また、渡航者数の相対的な地位は、現在、ピーク時の半分近くに減少していますが、日本人観光客が使う消費金額は、他の国からの観光客より突出して多い。そこに活路を見出したいですね。

 

編集部

アウトバウンド、つまりシンガポール人が日本へ観光に行くという逆方向の流れが近年盛んなようですが。

 

宇野

まだまだ増えると思います。最近の円安傾向も手伝って、日本がシンガポール人にとって2番目の人気デスティネーションになっている。日本ブームというのも言い過ぎかもしれませんが、JNTO(国際観光振興機構)のプロモーションや、テレビ番組のジャパンアワーの影響も強いですよね。日本で売れるべきデスティネーションはまだまだありますが、「雪」や「蟹が絶品」という要素を持つ北海道が目立って取り上げられているという事実はありますね。

 

シンガポール人の方が座席を占めているといっても、九州地区などでは、まだまだ余裕がありますので、他地域のPRにも力を入れたいです。

シンガポール人の学生を日本へ連れて行くという活動も多々展開しています。日本と違って、学校が休みの期間に希望者を募集して実施する形で、中身が濃く内容も大変真面目です。熊本の水俣病資料館や広島の平和記念資料館がツアーに盛り込まれたりと、ほとんど遊びの要素がないツアーが多い。

 

編集部

そして、日本の高校訪問なども入って来るとなると、旅行を越えた交流、ということになりますね?

 

宇野

その通りなんです。そういったツアーに子供を送る親達というのも非常に教育熱心な方が多い。その世代からファンをつくることで将来的には旅行業界を越えて日本とシンガポールの交流に貢献する事になると思います。現に、昨年宮崎県の県立高校に訪問したシンガポールの名門校である女子高校の学生は、今年も相互訪問するという良い関係に発展している例もあります。

 

編集部

旅行という枠組みを越えて、付加価値を創り出すというのもネットワークと経験が蓄積されたJTB社ならでは、という気がします。

 

辻野

私どもではインバウンド、アウトバウンドの双方向の機能があることで可能なんだと思います。シンガポール支店がどれだけダイレクトでタイムリーな現地の生情報を手に入れるかというのがポイントです。保護者の方も非常に気にされますし、その情報に基づいて信頼できる企画を立てて行く訳です。

 

プロが語るシンガポールのイチ押し

編集部

それぞれがお考えのシンガポールの良さを教えて下さい。

 

宇野

まずは、ホテルのレベルの高さ。食で言えば、世界のベスト100のレストランにシンガポールのレストランが3つ選ばれています。そんな質のいいものが日本よりも安価に楽しんで頂ける。2つ目は、文化の多様性。中国、マレー、インド、ペラナカン、西洋のもの、国が小さいからこそ一度に全てが楽しめる、国自体がテーマパークだというが一つの売りですね。3つ目に安全性。夜でも女性が安心して一人歩きが出来るところがやはり良いところだと思います。

 

辻野

私は、ひとつのツアーでふたつは楽しみたいタイプなんです。「組み合せ」だと思います。ビンタン、ランカウイやコタキナバルなどの海のリゾート、またシムリアップのアンコールワットなどのエスニックなリゾートを楽しんだ後に、シンガポールを組み合せる。シンガポールで良いホテルに泊まって、美味しい物を食べて、買い物をして日本へ帰るといった、シンガポールのアクセスの良さを利用すると非常にバリエーションがあってていい。

 

柴田

シンガポールの魅力はシンガポール人だと思う。リー・クアンユー氏も「この国の財産は人である」といわれたその通りだと思います。この資源のない小さな国がなぜここまで経済発展したか、人によってここまで機能的に効率的に社会が廻っている。いつも人が頑張っている印象を受けます。時々無愛想でぶっきらぼうに見えるところはありますが、健全で優等生的な人が多くて私は好きですね。観光客の方にも是非道行くシンガポール人に声を掛けてみて下さいと言っています。彼らは喜んでこたえてくれますから。

 

tsujino

ジェイティービー株式会社
広報室長
辻野啓一

1976年日本交通公社(現・株式会社ジェイティービー)入社。アメリカ、香港、シンガポールなど海外での勤務経験も豊富。2005年より現職。各社が主催する広報業務をテーマにしたセミナーの講師としても活躍している。

uno

JTB PTE LTD 支店長
宇野孝志

1979年、日本交通公社(現・株式会社ジェイティービー)入社。シカゴ支店、外国人団体専門旅行支店など担当し、1999ー2001年シンガポール支店駐在。2005年シンガポール支店の支店長として再着任。

 

shibata

シンガポール政府観光局
東京オフィス 所長
柴田亮平氏

1995年シンガポール政府観光局入局。シンガポールへの日本人観光客誘致、マーケティング、PR活動に携わる。東京都の観光審議委員会委員も兼任。

 

 

取材後記

レジャーとしての海外旅行というのは、インターネットやハイテク機器などの普及によって、多様化する趣味の一つになっている中、旅行産業もひとつの転換期を迎えている、と辻野氏は語った。9月9日付けの日経MJ紙によると、2006年4月に持ち株会社制へ移行したJTB社は、改編後初の決算で売り上げ、利益ともに過去最高を更新した。インターネット専業の伸長や航空会社のチャーター便の縮小など旅行会社に逆風が吹く中、JTB社はその快挙を収めたのである。シンガポールと観光という関わりを通して、現在、そして未来を見据えて新しい価値を生み続けることに妥協はない。再びシンガポールブームが日本で巻き起こる予感も新たに、今後のシンガポールのトランスフォーメーションが楽しみだ。

77 Robinson Road SIA Building 068896

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.106(2007年09月17日発行)」に掲載されたものです。
文=桑島千春

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